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半田孝淳天台座主と弟の清水谷孝尚さん揮毫の経、北向観音に
from 信濃毎日新聞
(2008-6-17 9:00)
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上田市別所温泉にある北向観音の本堂正面に、半田孝淳(こうじゅん)・天台座主(90)と、実弟の清水谷孝尚(しみずたにこうしょう)・浅草寺(東京)貫首(88)がそれぞれ揮毫(きごう)した観音経の一節が掲げられた。近くの北向観音本坊、常楽寺で生まれ育った兄弟がともに仏教界の要職に就いた記念。比叡山延暦寺(滋賀県)から帰省中の半田座主は16日、「2人とも北向観音の利益をいただいてきた。ご奉告できてうれしい」と語った。 本堂正面の階段の上り口に立つ左右の柱に5月末に掲げられた。それぞれ高さ2メートルほどのケヤキの板に、観音経のうち、有名な節の10文字ずつが彫られ、金箔(きんぱく)が施されている。向かって右が半田座主で、「具一切功徳慈眼視衆生(ぐいっさいくどくじげんじしゅじょう)」(観音様は、すべての偉大な力を身に付け、慈しみの目で私たちを見守ってくださる)、左が清水谷貫首で「福聚海無量是故應頂禮(ふくじゅかいむりょうぜこおうちょうらい)」(海のような無量の福徳をたたえておられるので、心から敬い仰がねばならない)。 半田座主は昨年2月、常楽寺住職から、256世天台座主に就任。清水谷貫首は2 ...
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阿智と清内路が法定協設立 新村名は「阿智村」確認
from 信濃毎日新聞
(2008-6-17 9:00)
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下伊那郡阿智村、清内路村は16日、法定合併協議会を設立し、阿智村役場で初会合を開いた。合併期日について、任意協議会で合意した2009年3月31日とすることや、阿智に清内路を編入し、新村名を阿智村とするなどの基本方針を確認した。 初会合前に開いた協議書の調印式で、阿智の岡庭一雄村長は「小規模自治体を取り巻く環境が厳しさを増す中、持続可能で魅力的な地域をどうつくっていくのか、住民が納得いく方向を出していきたい」とあいさつ。 清内路の桜井久江村長は「財政難を乗り越えるなど、ここに至るまで清内路はいばらの道を歩んできた。合併して村が元気になったと言っていただけるよう、今後も地域づくりを進めることを約束する」と述べた。 法定協は、任意協の委員14人と、3月に両村の住民で発足、新村の将来像を話し合っている「新しい村づくり会議」の正副会長を加えた16人で構成。今後、新村の基本計画作りを中心に議論を進める。 スケジュール案では、新村の基本計画を8月中にまとめるほか、合併協定書の内容を話し合うため9月までに6回の会合を開く。これらを決定後、両村議会が9月定例会で合併を議決し、両村長が合併協定に調 ...
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戸草ダム計画中止へ 着手から20年、国交省方針
from 信濃毎日新聞
(2008-6-17 9:00)
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国土交通省中部地方整備局は16日、名古屋市内で天竜川流域委員会を開き、今後30年の河川整備方針を盛った「天竜川水系河川整備計画」のたたき台を示した。この中で、伊那市長谷の三峰(みぶ)川で進めてきた戸草ダム計画を「見送る」とし、事実上の中止方針を明らかにした。水没予定地の住民を移転させて進めてきたダム事業は、着手から20年を経て中止される公算が大きくなった。 公共事業費が減少する中、国は概算で約1000億円のダム建設は困難と判断。治水対策は下流の美和ダムの機能強化で対応する考えだ。ただ、地元の伊那市などはダム建設を求めており、中止方針は波紋を呼びそうだ。 たたき台では、50年に一度の大雨に対応する天竜川水系の治水対策を検討。諏訪湖・釜口水門(岡谷市)の放流量を現行の400トンから500トンに引き上げるなどした上で(1)下流の川幅が狭い部分の掘削など(2)戸草ダムの建設(3)美和ダムの治水機能強化−の3案が考えられるとした。 このうち、美和ダムの機能強化は約300億円、下流部の掘削などは約400億−800億円、戸草ダム建設には約1000億円が必要と試算。「経済性に最も優れ、早期に治 ...
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北と南で雨に注意
from チーム森田の“天気で斬る!”
(2008-6-16 13:45)
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森です。 東北地方の梅雨入りの平年日は、南部が6月10日ごろ、北部は6月12日ごろです。 すでに平年日を過ぎて、梅雨入りは遅れていますが、 最新の週間予報では、今週の金曜日、20日ごろには梅雨前線が北上して、 その後くもりや雨の天気が続く見込みです。 一方、今その梅雨前線が停滞している九州南部では、 土曜日の降り始めからの雨量が200mmを越える大雨となっている所があります。 ここ数日は梅雨前線が同じような所に停滞しますし、 その後梅雨前線が北上しても、南風に乗って湿った空気が入り込み、 雨が続く予想となっています。 地震や大雨で、すでに地盤が緩んでいる所では、 これからの雨の降り方に、よくよく注意が必要です。
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ジョルダンが総合オピニオン誌『表現者』を刊行
from ジョルダン株式会社 最新情報 RSS
(2008-6-16 9:00)
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6月16日発売の第19号から『表現者』の発行元となります。本誌は、創刊以来、西部邁、榊原英資等、著名な論客によるオピニオンを世に送り出してきました。
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「読書の時間」PC版をリニューアルオープン!
from ジョルダン株式会社 最新情報 RSS
(2008-6-16 9:00)
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新たに開発した「ブックビューワ」を使い、全ての書籍作品を無料で、かつ快適に楽しむことができるようになりました。
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平成20年(2008年)岩手・宮城内陸地震
from チーム森田の“天気で斬る!”
(2008-6-15 12:49)
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画像:気象庁H.Pより 上図 岩手県内陸【気温:盛岡】 下図:宮城県東部【気温:仙台】 気象庁は午前10時までに 震度1以上の余震が264回と発表しました。 気象庁はこの先一週間程度は余震が続き、 場所によって震度6弱の余震が発生するおそれもあると伝えています。 今回の地震のマグニチュードは 7.2と発表されています。 地震の規模をしめすマグニチュードMは 1935年アメリカの地震学者リヒターが定義したもので、 マグニチュードが「0.2」大きくなると、地震の規模がおよそ2倍、 「1」大きくなると、およそ32倍 「2」大きくなると、およそ1000倍 になると言われています。 今回のマグニュードは速報値で「7」と発表され、 のちに「7.2」となりました。 速報値よりも0.2大きかったということになります。 (地震の規模も速報値より2倍大きかった) 東北地方は きょうは雨の心配はありませんが、 あすは北部を中心に雨が降る見込みです。 復旧作業をされている方は 二次災害にも気をつけて作業をなさってください。 '''井坂綾(いさか・あや)''' 気象予報 ...
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学徒出陣鎮魂の2曲も初披露 信州寮歌祭で旧制松高生
from 信濃毎日新聞
(2008-6-15 9:00)
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全国の旧制高校卒業生らが寮歌を歌う「信州寮歌祭」は14日、松本市あがたの森文化会館講堂(旧制松本高校講堂)で開いた。旧制松高の卒業生たちは、第2次大戦末期、学徒出陣で仲間の出征と死に直面する状況下で作られた2つの寮歌を、同寮歌祭で初めて披露した。 「見はるかす高嶺の群 征(ゆ)きゆきて倒れ伏すとも 踏み破る誠ぞあらむ」 32校の卒業生約220人が集まった23回目の寮歌祭。他校の卒業生がテンポがよく、陽気な寮歌を高らかに歌う中で、旧制松高OBたちは低く、もの悲しい調べの寮歌「若き力に」を響かせた。当時2年生で曲を作詞した新藤稔さん(83)=東京都武蔵野市=は、目を閉じて歌った。 1943(昭和18)年秋、戦局の悪化による兵士の不足から学徒動員が始まった。新藤さんは「学徒動員で突然、死に直面させられた」と振り返る。「寮の仲間を兵役に送るのは切なかったが、口に出して言えない時代。追い詰められた気持ちを、この歌は正直に映している」。新藤さんは翌44年に志願して航空隊に入ったが、生き残った。 同年、寮から先輩を送り出した際に「若き力に」を泣きながら歌ったという上条彰次さん(82)=松本市 ...
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名古屋からツアー、木祖村で森林整備の寄付と植樹
from 信濃毎日新聞
(2008-6-15 9:00)
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名古屋市の上水道水源がある木祖村に14日、同市の水道・空調設備会社「スミ設備」と協力会社27社、同市の桜山商店街振興組合が計画した「木曽川源流の里植樹ツアー」の一行129人が訪れた。スミ設備と同組合など29社・団体が森林整備に役立ててほしいと205万円を寄付し、カエデ200本を植樹した。 やぶはら高原スキー場のレストハウスで行われた贈呈式で、スミ設備の鷲見利幸社長が「緑化に力を注ぎ、おいしい水を提供していただいていることに感謝します」とあいさつし、栗屋徳也村長に寄付金を手渡した。続いてスキー場の駐車場脇に全員で植樹し、山菜採りなどを楽しんだ。 スミ設備は水源地の木祖村を応援しようと昨年寄付を始めた。今回は参加企業、金額ともにほぼ倍増し「予想外の広がり」と鷲見社長。 同商店街振興組合は、商店街に村の紹介コーナーを設けており、今回のツアーにも商店街で募った一般参加者15人が加わった。同組合の岩田茂春事業部長は「木祖村の漬物は評判がいい。村のトウモロコシを朝市で売るなどして、交流をさらに広げたい」。 カエデの植樹は10年続け、紅葉の名所をつくる計画。手入れなどで支援する菅生産森林組合 ...
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祖父が残した写真と8ミリ 孫が紹介 軽井沢で22日まで
from 信濃毎日新聞
(2008-6-15 9:00)
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東京都の写真家森沢ケンさん(26)が、戦後の軽井沢町で写真店を開業した祖父の勇さんが撮影した写真と8ミリフィルムの展示会を同町で22日まで開いている。勇さんが残した数千枚のネガを「祖父からの手紙」ととらえる森沢さんは、今回の展示会を祖父との共作と位置づけ「昔の軽井沢の風景を地元の人たちに見てもらいたい」と呼び掛けている。 勇さんは1947(昭和22)年、家族の疎開先だった軽井沢町に移住し写真店を開業。静岡県島田市に移る60年まで、町の風景や人物などを写真と8ミリに残し、森沢さんが生まれる8年前に亡くなった。 森沢さんは写真専門学校生の時、実家で「軽井沢時代」と書かれ、数千枚のネガと8ミリフィルムが入った勇さんの段ボール箱を見つけた。以来、都内の仕事場でプリント作業を続け、07年には写真集「軽井沢時代」(蒼穹舎)も出版した。 島田市では父親と兄が写真店を経営する。「自分がなぜ写真に引き付けられるのかを考えていた時、段ボールを見つけた。中に答えがあるような気がして」と振り返る。勇さんの写真を「古いだけではない。現代に通じる魅力がある」と感じている。 写真展は、雲場池近くの知人の別荘 ...
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